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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)5055号 判決 1992年4月22日

原告

杉原設子

右訴訟代理人弁護士

筒井貞雄

被告

星野光男こと

李光男

李勝子

李順子

李光廣

李和美

星野光明こと

李光明

延田行子こと

李行子

徳山登子こと

李登子

右被告ら訴訟代理人弁護士

佐井孝和

神谷誠人

主文

一  被告らは原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡せ。

二  被告らは原告に対し、連帯して平成二年六月一日から右土地明渡しずみまで一か月金三万八〇〇〇円の割合による金員、並びに金一五六万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、第二項について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一被告らは原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡し、かつ連帯して平成二年六月一日から右土地明渡しずみまで一か月金三万八〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二被告らは原告に対し、連帯して金一五六万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告らに対し、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)の賃貸借契約について、賃料不払いを理由に右契約を解除し、同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して本件土地を明け渡し、かつ延滞賃料及び賃料相当損害金の支払を求めた事案である。

一当事者間に争いのない事実

1  原告は、星野玉姫に対し、昭和四九年三月ころから本件土地を賃貸していたところ、同女は右土地上に本件建物を所有するに至った。なお、右賃貸借契約に係る賃料は、昭和六三年三月三一日までは月額三万二〇〇〇円、同年四月一日からは月額三万八〇〇〇円である。

2  星野玉姫は昭和五九年七月九日に死亡し、被告らが同女を相続した。

3  原告は、平成二年六月二一日には被告ら全員に対して、同年一〇月一二日には再度被告李光男に対して、いずれも内容証明郵便をもって右賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発した。そして、右意思表示は、少なくとも被告李光廣及び同李順子に同年六月二二日、同李勝子に同年七月四日到達した。なお、原告は、重ねて本訴状をもって、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をする。

4  被告李光明は、同被告に本訴状が送達される前の平成二年一〇月一九日、それまでの延滞賃料として一七一万二〇〇〇円を供託した。

二原告の主張

1  右賃貸借契約につき、昭和六一年八月二九日以降から平成二年五月三一日までの延滞賃料の合計は一五六万円となる。

(この事実は、<書証番号略>、原告本人尋問の結果によって認める。)

2  本件において、被告らは約四年間にわたり賃料の支払を怠って来たのであり、以前にも同様の長期間の賃料不払いがあったことを考えると、原告は、催告せずに右賃貸借契約を解除することができるものである。また、原告は、被告李光男に対して、昭和六一年一月ころから昭和六三年四月ころにかけて、かつその後も繰り返し右延滞賃料の支払いを催告した。

3  原告の発した右契約解除の意思表示は、被告李光男に平成二年一〇月一三日到達した。また、被告李光明には、同被告が前記の供託をなす前に被告李光廣を通じて伝えられたことにより、右意思表示が到達した。

4  長年本件建物に居住し本件土地を使用しているのは被告李光男のみであり、他の被告らは右賃借権の権利の行使及び義務の履行をしていないのであるから、被告李光男に対して解除の意思表示等が到達すれば足るものというべきである。

三被告らの主張

1  本件において、延滞賃料の支払いの催告及び契約解除の意思表示は、被告ら全員に対してなすべきである。そして、右意思表示が被告ら全員に対してなされる前に、前記のとおり被告李光明が滞納賃料の全額を供託したから、原告のなした右契約解除の意思表示は効力を生じない。

2  本件において、無催告解除が許されるべきではない。すなわち、被告らは賃料が滞納されていることを知るや直ちにその支払いをなすべく努力をしているのであり、また、原告も被告らに対してほとんど賃料支払いの催告をして来なかったのであるから、信頼関係の破壊はないのである。

四本件における主要な争点は、次のとおりである。

1  本件において、延滞賃料の支払いの催告及び契約解除の意思表示は、被告李光男に対してなせば足りるものであるか、被告ら全員に対してしなければならないのか。

2  原告は、被告李光男に対して、右契約解除に先立ち賃料支払いの催告をしたか。また、原告の発した右解除の意思表示は、前記の被告李光明のなした供託以前に、被告李光男に到達したか。

第三当裁判所の判断

一主要な争点1について

契約当事者の一方が数人あって、この数人ある当事者に対して相手方が契約を解除する場合、全員に対して解除しなければならないのは民法五四四条一項に規定するとおりである。しかし、賃貸借契約において、賃借人が死亡し、数人の相続人が賃借権を相続したものの、そのうち特定の相続人のみが賃借物を使用し、かつ賃料を支払っているような場合は、他の相続人は賃貸借に係る一切の代理権を当該相続人に授与したと見て差し支えないこともあり、そのような特段の事情がある場合は、賃貸人は、当該相続人に対してのみ賃料支払いの催告や契約解除の意思表示をなせば足りるものというべきである。

そこで、本件においてこの特段の事情があるか否かについて検討するに、<書証番号略>、原告及び被告李光男の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、被告らは、いずれも本件建物で生誕し、結婚を機に本件建物から出て独立したが、被相続人の母星野玉姫が死亡した際、被告らの話し合いによって、以後長男である被告李光男が家族と共に本件建物に居住し、賃料も同被告が支払って行くことになったこと、その後被告李光男以外の被告らにおいて一度も賃料を支払ったことがなかったこと、被告李光男以外の被告らは、両親の法事や盆、正月に本件建物に集まることがあるのみで、その後は本件建物に居住したことは一度もなく、なかんずく本件土地を使用する必要性もないこと、被告李光男以外の被告らは、その住所や連絡先を原告に積極的に知らせたことはなく、原告もそれらを確知しておらず、現に契約解除の意思を表した前記内容証明郵便につき手を尽くしても送達できない被告がいたこと、以上の事実を認めることができる。右認定に鑑みれば、被告李光男を除く他の被告らは、本件賃貸借契約に係る一切の代理権を被告李光男に授与したものと見るのが相当であり、原告は、同被告に対してのみ賃料支払いの催告や契約解除の意思表示をなせば足りるものというべきである。

二主要な争点2について

<書証番号略>、証人上田澄雄の証言、原告及び被告李光男の各本人尋問の結果によると、原告は、賃料の支払いが遅滞した昭和六一年一月以降平成二年二月ころまで、再三にわたり被告李光男に対してその支払いを催告したこと、原告が内容証明郵便をもって発した前記契約解除の意思表示は、前記供託前の平成二年一〇月一三日に被告李光男に到達したこと、以上の事実を認めることができる。

したがって、原告のなした本件賃貸借契約の解除は有効であり、右契約は平成二年一〇月一三日をもって終了したのであるから、被告らは原告に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すと共に、延滞賃料及び賃料相当損害金を支払う義務がある。

三<省略>

四以上のとおり、原告の本件請求は理由があるので認容することとして(ただし、仮執行宣言は主文第二項についてのみ相当と認める。)、主文のとおり判決する。

(裁判官内藤正之)

別紙物件目録<省略>

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